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2008年10月19日 (日)

藤沢優月さん講演会&ミニワークショップ(その2)

10/18夜にあった『人を好きになる、自分を好きになる~夢をかなえる人の手帳2009』刊行記念のイベント(講演会&ミニワークショップ)の参加報告の続き。

講演とミニワークショップの間にQ&Aの時間もあった。4人ぐらい(?)受講者から質問があったが、私も1つ手を挙げて聞いてみた。

私からの質問:

今日は、手帳の話がありましたが、自分の「幸せ」を実現するための道具の1つとしてとして手帳がある、ということを言われたのだと思います。しかし、他の方の本などを見ると、まず、最終的な「幸せ」なり「目標」なりを見つけて(定めて)、そして、今、自分のいる位置を確認して、自分が今いる位置と目標との間のうめていくようにするのが、効率的である、という考え方があるように思います。また一方、今日の話を聞くと、最終的な「幸せ」なり「目標」なりを決められなくても、まず、直近、今日、明日とか来週やりたいこと(「夢」というより「欲求」と言った方がぴったりなのかもしれないが)、そういう低次元な(?)「やりたいもの」ものを積み重ねていけば、最終的に「幸せ」な人生が送れるというように受け取れました。

私は、まず人生の大きな「目標」「夢」というものを決めて、それをブレイクダウンして、日々、また1年1年を、生きていかないと幸せな人生が送れないのではないか、と思って、今ここにいます(そういった本の影響を受けています)。しかしながら、自分はそういった人生の大きな「夢」「目標」というものを見つけられない、決めきれないでいる、というのが現状です。どのようにすれば、そういった大きな「夢」「目標」を見つけていくことができるのか、あるいは、そういった考え方はよくないのでしょうか。そのあたりについてヒントなり、アドバイスなりを頂けないでしょうか。

これに対して、藤沢さんは、次のように、返してくれました。

---------

私はこのことについては、かなり強くて明確な意見を持っている。でも、それが全員にあてはまらなくてもいい、また、それに同意しなくてもいい。なんかのヒントになればいいと思ってます。 私の意見と比べることで、自分の考えがクリアになってくればそれでいい。私は、何度も言っているんですが、一番大事なものは自分の意見であり、自分の心の中にあるものです。私が何かを言ったときに、「いや、それは違う」と思ったら、「いや、それ違う」とそう思ったことが大事。というのは、私が今それを言わなかったら、「いや、それは違う」という自分の考えが出てこない、気付かないわけだから。だから、(私が自分の考えを述べることは、皆の)役に立つ、とそういうように考えてください。「藤沢さんが、こう言っていたから、これを持ち帰る」というのではなくて、それで「あっ、私もそう思う」というのであれば、「私がそう言ったことで、それがわかるわけだし」、「いや違う」というのであれば、「いや違う」ということが、それ(私、藤沢が言ったこと)のおかげでわかる。そういうように役立てて欲しい。

ということで、私は、かなりそれに対しては、本気の意見を持っているですけど、... 大目標が何であるかというものを最初から見つけられる人って、じゃあどれくらいいるのか、ということを考えるわけです。そんな人って、かなり、悟っている人だけじゃなっかなって思います。もう一つは、大目標が見つかったからといって日々が幸せなのか、そして、大目標がかなわないというそこまでの道のりを考えます。それがかなったときに幸せが来るのであれば、かなった一瞬(とそのあと)だけ幸せが来ることになります。それでは、今近辺は、幸せなのか?結局、私たちが生きられる時間は今しかない。未来も、今になるわけだから。1ヶ月後、1年後、仮にそれが5年後にかなうとします。で、5年後の1ヶ月だけかなうとしますね。5年後の1か月だけ、幸せ。それでは、、5年後に至るまでの間は、不幸せとしますか、かなうまでは。そしたら、常に今生きられるのは今ここの時間でしかないから、4年11ヶ月となん日かは、「不幸せ」、というなかで、その5年後の目標を維持していけるのかという、現実問題が生じてきます。モチベーションが保ち続けられるのか、私は、保ち続けられませんでした。

それで、この設定の仕方は、非現実的だと思った。すごく、禅問答みたいだけど、目標があってこそかなえなれるもんなのだけれど、今、ここが幸せでなかったら力が湧いてこない、という非常にパラドックスになっている。

そういうことで、私が、「夢かな手帳(夢をかなえる人の手帳)」でやっていることは、目標を持つことはいいことなんだけれども、それと同時に「生きられるのは、今、ここ、今日、この瞬間しかないわけだから、それを充実して生きないと、目標を達成することすらできない」、というふうに思っているわけです。そういうふうに思ってから、私の目標はかなうようになったのです。すべてを犠牲にしてやっていた時は、何もかなわなかったので、かりそめにかなったとしても、全然うれしくなかった。というのは、例えば、かなったことが「○○試験に合格した」、「○○大学に入れた」、「○○が受かった」といったことだったら、それって、一瞬のこと。その一瞬のために、3年、4年と、毎日、「いやだ、いやだ、いやだ」と思う日々を重ねてきて、その一瞬だけの喜び。でも、ほんとに一瞬で通り過ぎるんですその喜びって。もう、「燃え尽き症候群」っていわれるヤツですね。

つまり、今、ここ、この瞬間を楽しむということは刹那的なことでもなんでもなくて、その大目標が、もし、かなうのであれば、その前提条件のはずです。だから、私がさっき、「ラーメン屋に食べに行きたい」とか言ったりしていたけど、それは、別にふざけて言っていたわけではなくて、日々、今日、今、ここ、1週間以内。まあ、1週間以内が手近な未来ですけど、そういった時間ですら幸せでないのであれば、大目標をかなえるというようなエネルギーも湧いてこない。

なので、大きな目標を立てて、それを切っていくという方法には決して反対ではありません。やっぱり夢がないと、(刹那的なことだけでは)生きていきづらいから。

ただ、私は、すごくニュートラルな人間、極論に走らない人間なので、...。 大きい目標、確かに大事とも思います。ただ、それのために邁進するという極端なやり方は、正直言って賛成しない。今、ここを充実させてこそ、そこに初めて目が向くし、パワーが行く。ただ生きていくだけでも、結構大変(つかれる)。そんな状態では、自分の中ですごく大切な目標を、かなえるパワーとか湧いてくるわけがない。なので、まず、今日1日を楽しく、そして、その中に、小さく細切れにした目標を置いていくならば、そしてそれを日々やっていくならば、気がついたら、たどりついていた、ということはきっとあると思います。ただ、「すべてを犠牲にしてその目標を」というやり方を提案している方もいろいろいらっしゃるようですが、私があまり、自分にとって、現実的にうまくいかなかったので、おススメはしない、という明確な意見を持っています。

---------

藤沢さんが、その独特な雰囲気でお話しされるのを聞くと、もう少し違った印象で、藤沢さんの話が受け取れるかもしれませんが、概略はこのようなことを言ってくれました。

「大目標が何であるかということが最初から見つけられる人って、じゃあどれくらいいるのか」すなわち、「ほとんどの人はそうではないでしょ」と言われたのが、なんんか新鮮でだったし、藤沢さんが言われるような視点で、人生を見ることもありだなぁ、と思ったりもしました。まだ、悟りきってはいませんが。

いずれにしても、ほんわか、有意義な時間を過ごせました。

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