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2009年9月

2009年9月26日 (土)

『鏡の法則 ― 人生のどんな問題も解決する魔法のル-ル』野口嘉則 著、 総合法令出版

この本、薄い本ですが、帯を見るとベストセラーのようですね。
私も、かなり前に、買っていたのですが、積読の山にあり、今日、ようやく、読めました。

この本の内容は、実話ですが、登場人物の氏名・職業などは多少変えてストーリーとしたものとのことです。

主人公は、41歳主婦の秋山栄子さん。栄子さんには、悩みがあったのですが、それが思わぬ展開で、解決していくというお話です。

このお話を通じて、著者が言いたかったことは3つあるのだと思います。1つ目はタイトルにもなっている次のことです。、

現実に起きる出来事は、1つの『結果』です。『結果』には必ず『原因』があり、その原因は、あなたの心の中にあるのです。つまり、あなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡だと思ってもらうといいと思います。(p17)

「私たちの現実は、私たちの心の中を映し出す鏡である」という法則でした。これが「鏡の法則」です。(p68)

「人生は、自分の心を映し出す鏡である」ということは、言い換えると、「自分の心の波長にピッタリな出来事が起きる」ということです。「心の中の原因が、結果として現実化する」とも言えます。(p68)

私たちは鏡を見れば、自分の姿を知ることができますね。同様に、人生に起きていることを見れば、自分の心の中を知ることができるわけです。(p69)

人生の問題を根本的に解決するには、自分の心の中の原因を解消する必要があります。自分の心の中を変えることをしないで、ただ、相手や状況が変わってくれることばかり期待しても、なかなか思いどおりにはならないのです。(p70)

そして、2つめが『必然の法則」の次のところです。

『必然の法則』というのがありましてね、それを学ぶと次のようなことがわかるんです。じつは、人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こるんです。つまり、偶然起こるのではなくて、起こるべくして必然的に起こるんです。ということは、自分に解決できない問題は決して起こらないのです。起きる問題は、すべて自分が解決できるから起きるのであり、前向きで愛のある取り組みさえすれば、後で必ず『あの問題が起きてよかった。そのおかげで……』と言えるような恩恵をもたらすのです。(p40)

そして、3つ目が、「ゆるすこと」で次のところです。

私たちは、「ゆるす」か「ゆるさないか」の選択をすることができます。 私たちは誰かとの関係の中で過去の自分が嫌な思いをした場合、その人に対して、「ゆるさない」という選択をすることもできます。 この場合、自分が過去の出来事に縛られることを許可したことになります。 過去の出来事を理由に、安らぎに満ちた人生を放棄したことになるのです。

一方、私たちは、「ゆるす」という選択をすることもできます。ゆるすことで、私たちの体も心もゆるんで、リラックスできます。 そして、過去の呪縛から解放され、やすらぎと精神的な自由を手に入れることができるのです。

「ゆるす」というのは、相手の行為をよしとすることでもなければ、大目に見ることでもありません。また、「相手が悪い」と思いながら、我慢することでもありません。 「ゆるす」とは、過去の出来事へのとらわれを手ばなし、相手を責めることをやめ、今この瞬間のやすらぎを選択することです。 あなたは今、誰かを心の中で責めていますか? そして、あなた自身の幸せな人生のために、その人をゆるそうと思いますか? ゆるすのは、他の誰でもない、あなた自身のためです。(p74)

短いストーリーですが、考えさせられる1冊でした。

鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール
野口 嘉則
総合法令出版
売り上げランキング: 262

2009年9月21日 (月)

『ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。』マイク・マクナス著、ヒユーイ陽子訳、ヴォイス

目次
第1部 あなたのワクワクに宿る奇跡の力
第2部 誰もが信じているウソ
第3部 ソースを実行するための、六つの方法論
第4部 人生の方向性と仕事とお金
第5部 ワクワク人生を生み出す四つの条件
第6部 ソースの車輪

まず最初に、このように書かれています。

「ワクワクという名の機関車」は、あなたの人生をパワフルにドライブさせ、魂が真に喜ぶ、人生の本質へと至らせる

サブタイトルの

あなたの人生の源はワクワクすることにある。

とともに、この本の内容を端的にあらわしている文です。

そして、キーワードとなる「ソース」については、次のように書かれています。

この内なる炎を点火する秘密を解き明かしたいと、私はこれまでの35年間をついやしてきました。この秘密を私は、「源」という意味で「ソース」(Source)と呼んでいます。「ワクワクの原泉」であり「生きる意欲の源」、「奇跡の泉」だからです。本来の自分に戻って、子供の頃に感じたような生への意欲を取り戻し、人生の真の目的を見出すための方法論です。ソースとはその人の心の扉を開くカギです。

ソースはその人の本質へと導いてくれます。秘密を解くかぎとなる一連の質問に答えることを通して、人は心の奥深くに潜む欲求に気づき、そうした欲求をすべて満たす方向へ人生を変えていきます。人生のあらゆる面において自分のワクワクの源泉を見つけることは、1回きりの作業で終わるわけではありません。この作業をつづけていけば、人は可能な限り最高の生き方をすることができます。

本編の中で、何回もでてくる「ソース」。ちょっと実態をつかみにくい感じもありますが、「はじめに」の中では、「ソース」を上記のように定義しています。

また、「ワクワク」については次のように書かれています。

私たちは世間の目を気にし、直感を無視し、独創的な発想を抑え、のびのびとしたおおらかな行動や本当に自分らしい生き方をしてきませんでした。この代償はとても大きく、本人だけではなく社会も損失をこうむっています。私たちは自分の心をを満たしてくれない生き方を選んだ結果、人生に不満を感じ、いらだっています。 そうした生き方を変えるには、自分のワクワクを追求すればよいのです。 ここでいうワクワクとは、自分の中に自然にわき起こる好奇心のことで、「その人らしさ」を形成するものです。通常は、理性や言い訳の陰に隠れて無視されている部分です。こうした好奇心や内なる衝動を誰もが心の中に持っています。なぜならすべての人生に意味と目的があり、人は誰でも意義のある人生を送りたいと願っているからです。

本当の自分を見つけたいなら、自分のワクワク、子供のような好奇心を追いかけていけばよいのです。こうして生まれながらの興味や好奇心を軸にして生き方を設計していくと自分のソースにたどり着きます。つまり仕事をはじめとするあらゆる情報や人間関係が生まれる以前の、奇跡の泉にたどり着くわけです。ソースを奇跡の泉と呼ぶ理由は、理性や左脳の論理では説明できないような結果がそこから生まれるからです。ワクワクを追求すれば、あなたの心は必ず満たされます。

また、この本について、次のように書かれいます。

本書は、新しい考え方を使って自分の人生を変えたいと望む人や、自分の心を突き動かすものを発見したいと願う人のために書かれた本です。

「人生」について、「生き方」について、今、ちょっと迷いのある自分には、こんなタイミングでこの本を手にするというのは、ちょっとシンクロニシティかなとも思えます。

本書の第二部では、多くの人が信じている社会通念をひとつずつ見直し、誤りを指摘していますが、そのなかで心に残るのは次のところです。

「人が取るべき責任ある行動はただひとつ。自分が心からしたいことをすることである。それが人生で最も責任ある行動であり、その人が負う最高の責任である」

もっとも責任のある生き方は、自分が大好きなことを見つけ、それだけを追求することです。 なぜなら自分の心を燃え立たせる行為は、心の奥深くにある魂の望みだからです。生まれながらのワクワクをはぐくみ育てるのが、大切であり、責任の最高の形です。自分が夢中になれることをしていると、奇跡的な力が呼びさまされてきます。この奇跡の力を生かすことがもっとも責任のある生き方なのです。 私たちのワクワクは生まれつきのもので、それには存在意義があります。 自分のワクワクに気づき、それを十分に生活の中で生かしきり、最終的にはそれを使って社会や人類に貢献すること。それがこの世に生を受けた、あなたの存在意義なのです。

それから、

幸せな人たちに幸せの秘訣を聞くと、好きなことをしているだけですよ、と答えます。ただ、それだけのことです。何もむずかしいことはありません。 したがって、適正のあるなしはまったく関係ありません。大切なことはただひとつ。自分をワクワクさせることや夢中にさせてくれるもの、幸せな気持ちにさせてくれるものをいちずに追い求め、実行することです。そうすれば、その他のことは自然にうまくいくのです。

また、

「私たちにとって最善の行為は、決断をぐずぐず先に延ばすことだ」

という言葉にも、ハッとさせられました。今までは、何事も早く決断しないといけないという、ある種のとらわれがありましたが、それに対して次のように書かれています。こういう考え方もあるのか、と目から鱗です。

決心をぐずぐず先に延ばすのは、ものごと進行過程においてすこぶる自然で必要なことです。悪いことではありません。私たちがぐずぐずと決断を先に延ばしているとき、実際は、潜在意識が情報を収集して、次に起こる事態に備えて準備をしているのです。ぐずぐずしているように見えるとき、人はその実、無意識化で情報を処理しているのです。人生という方程式の一歩先を解こうとしているわけです。そのとき人は、情報を集め、消化し、物事が明確になるまで時間をかせいでいます。ぐずぐずするのは、「時期が来ていないから待て」または「まだ行動の時ではない」というメッセージが潜在意識から送られてきたからです。

するべきことをしないでいると、怠けてヤル気がないように傍目には見えるでしょう。けれども本当の理由は、行動するために必要な情報や準備が整っていないからなのです。明確に状況を把握していないと、後で必ず問題が起こります。性急な行動やその場かぎりの行為は後で必ずめんどうを起こします。事態の本質を正確にとらえていないからです。状況をはっきりつかんでいなければ、固い決意は生まれないし、賢明な決断もできないはずです。

もうひとつ、目から鱗の考え方は、優先順位はつけるな、ということです。

優先順位はどこか無理があって、不自然です。経営学や一般の成功哲学ではものごとに優先順位をつけるように教えますが、人間の基本的なニーズである自己実現という面ではマイナスの効果しかありません。 優先順位の必要性を説く人たちにとっては、自分にとって一番大事なこおとから順番に優先順位をつけ、リストの一番上から実践するようにと教えます。自分のニーズ、プロジェクト、欲望やワクワクに順番をつけろ、というわけです。 しかし、このやり方をすると、リストの最後まで実行する時間はまずありません。ところがたいていの場合、リストの最後にあるのが一番楽しいことであり、心を満たしてくれることなのです。この点に問題があります。

ひとつのことをいつも優先させていると、かならず人生のバランスがくずれてきます。ものごとに優先順位をつける考え方は、人間がさまざまな要素からなる複合的な存在であることを忘れて、あたかも生産工場の機械の部品のようにとらえています。 いつも優先順位にしたがって生きていると、心の喜びが分からない人間になり、人生の重要な決断をする際に多面的に考える能力を失います。そのような状態ではその人にとってベストの選択は生まれないでしょう。

長くなってしまいましたが、もう1つ、今までの自分の常識とはちがう新しい考え方、「目標を立てるな(15章)」に目が惹かれました。目標を立てる代わりに、進む方向だけ決めるとよい、ということです。

目標を立てないでいると、自由に気の向くままに創造的な行為に走ることができます。目標を立てる代わりに、目指す方向だけを決めておく方が、長期的には多くを成し遂げられるのです。方向には上限も下限もなく、目標を達成できなかった敗北感を味わうこともなければ、プレッシャーもありません。

目標を立てると私たちは精神的な圧力を感じ、目標に向かって努力していないと罪悪感を感じます。さらに目標にはたいてい期限がありますが、おしつけの、一方的な期日の場合が多く、必ずしも実際の状況を反映しません。目標を立てることやそこから生まれるプレッシャーの弊害は、自然の感情や行為を抑えつけて、その人から精神の輝きを奪うことです。 目標を立てずに進む方向だけを決めると、予期しなかった素晴らしい体験に巡り合うチャンスが生まれます。「大らかさ」や「創造力」は人生に大きな喜びをもたらす源泉ですが、目標を設定すると、この2つが失われます。 けれども、目標を定める代わりに方向だけを決めると、その方向に向かって踏み出す一歩一歩が勝利への道程になります。勝敗を決める必要もなく、点数を記録する必要もありません。そこには勝利者しかいません。そしてその勝利者はあなたです。それに反して、目標を定めていると、目標点に到達しないかぎり、たとえなんらかの成果はあっても敗北感につきまとわれます。

ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。
マイク マクマナス
ヴォイス
売り上げランキング: 980

2009年9月13日 (日)

『しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』、香山リカ著、幻冬舎

目次
序章 ほしいのは「ふつうの幸せ」
第1章 恋愛にすべてを捧げない
第2章 自慢・自己PRをしない
第3章 すぐに白黒つけない
第4章 老・病・死で落ち込まない
第5章 すぐに水に流さない
第6章 仕事に夢をもとめない
第7章 子どもにしがみつかない
第8章 お金にしがみつかない
第9章 生まれた意味を問わない
第10章 “勝間和代”を目指さない

そんな多くを望んでいるわけではない、「普通の幸福」「普通の生活」さえ得られればいい、そう考える人は多い。が、そんな”ふつうの幸せ”の実感がなかなか得られない。そんなことについて書かれた本です。

サブタイトルにあるように、10個のルールについてそれぞれ1章ずつ、合計10章。

自分が勇気づけられた、そう考えてもいいのか、と思ったところの1つめは、第6章の「仕事に夢を求めない」の章。ちょっと引用してみます。

...ただ、「好きなことを仕事にしていない」「仕事で夢を追いかけていない」という人も、自己嫌悪に陥ったりその仕事をやめたりする必要はないのだ。「私は何のために働いているのか」と深く意味をつきつめないほうがよい。どうしても意味がほしければ、「生きるため、パンのために働いている」というのでも、十分なのではないだろうか。 人は、パンのために生きるにあらず。しかし、パンなしでは、愛の実践も夢の実現も不可能なのもまた事実だ。パンのためだけにどうしても嫌いな仕事につくことを強いられたり、雇用者に搾取され続けたりするのは問題だが、深い意味がなくても仕事をし続けるのは、それじたいではけっこう意味があることなのではないか、と思うのである。

この箇所は、最近、自分の仕事の関係について、必ずしもうまくいっていない自分にとってはなんか救われる感じがしたところです。

2つめは、第9章「生まれた意味を問わない」の章。

...私たちが「このために生まれた」と確信することは、まず無理と考えたほうがよいのだろう。それにもかかわらず、「何のために生まれたのか」と生まれた目的や生きる価値を追求し始めてしまうと、中村うさぎ氏が言うように「これでもない、あれでもなかった」とゴールの見えない無限のゲームのような状況に陥り、心身をすり減らしてしまうことになる。 追及すると厄介なことになる。かといって、追及しないでいるのもむずかしい。それが「生まれた目的、生きる意味」というもののようだ。

...こうやってみてくると、どう考えても「なぜ生まれたか」などという問いにはあまり深く立ち入らない方が身のためだ、ということになりそうだ。もちろん、だからといって、人生には生きる価値もないということにはならない。しかし、生まれた意味にこだわりすぎると、逆に、人生の空しさを強く感じさせられることにもなりかねない。 とりあえず自分に与えられている仕事、役割、人間関係に力を注ぎ、何かがうまくいったら喜んだり得意に思ったりすればよいし、そうでないときには悲しんだり傷ついたり、また気持ちを取り直して歩き出したりする。そんな一喜一憂を積み重ねながら、どこから来たのか、どこにむかっているのかもわからないまま、人生の道を歩いていくその足取りの中で、しみじみとした味わいや満足感が得られるのではないか、と私は考える。 とはいえ、この先も人間が「私は何のために生まれたのか」という問いから完全に解放されることはなく、私たちは人生の中で何回も何十回も何百回も、この問いに直面せざるをえないだろう。そこで無理に、「いやいや、考えまい」と考えを追い払う必要もない。そのときは、真剣にこの問いと向かい合い、ああでもない、こうでもない、と悩めばよいのだ。ただ、「本当の答えが出ることはない。逆に、これだ、という答えが出た時は危険なのだ」ということは、頭の片隅にとどめながら悩むべきだ、ということはつけ加えておきたい。

この人生は何のための人生か、この人生で何をすべきか、自分の人生でのミッションは何か、といったことを考えて、頭のなかでくるぐる回ってしまうことがあります。それに対して、香山さんは上記のように書いています。自分の人生でのミッションを明確にしなければならない、とちょっとあせりもあった自分に、”ねばならない”ということはないんだ、という意見をくれているのだと思い、これもちょっとホッとしたところでもあります。

そして、3つめは、第10章「“勝間和代”を目指さない」の章。

章のタイトルが(私たち)読者を刺激して、素敵です(笑)。勝間さんの本は発売されるたびに買い求め、講演会があると聞けば、足を運んでいる、そんな自分に向けられた章に思えてしょうがありません。そう、カツマーと呼ばれる人たちは、勝間さんの本なり講演なり教材なりから、勝間さんの成功体験を疑似体験し、それを自分の体験=成功に結び付けたい人たちになるのでしょう。この章は、そんなカツマーに対してのメッセージでしょうか。

...私は、「がんばれば夢はかなう」とか「向上心さえあればすべては変わる」といったいわゆる”前向きなメッセージ”を聞くたびに、診察室で出会った人たちの顔を思い出して、こう反論したくなる。「あの人はずっとがんばっていたのに、結局、病気になって長期入院することになり夢は潰えたじゃないか」「両親とも自殺して、育ててくれた祖父が認知症になっている彼女が、どうやって向上心を出せばよいのか」 努力したくても、そもそもそうできない状況の人がいる。あるいは、努力をしても、すべての人が思った通りの結果にたどり着くわけではない。これはとても素朴でシンプルな事実であるはずなのだが、まわりを見わたしてみると特に最近、そのことを気にかける人がどんどん減っているように思える。

がんばれる環境にある人が、自分の意志が弱くてがんばれないときにの言い訳になってはいけないと思うが、香山さんの主張も一理あると思います。また、勝間さんの『断る力』に対しては、

しかし、世の中には、殺到する依頼を勇気を出して断ろうにも、そもそも依頼じたいが来ない、という人のほうが多いのではないだろうか。

と返しています。最後に、この10章のまとめとそしてこの本のまとめとして次の文章で締めくくられています。

もちろん、そいういう”時の成功者”に「もしかしたら私も」と夢を見て、そのあこがれを日々のがんばりのモチベーションにすることじたいは、悪いことではない。とはいえ、いくら前向きな気持ちで努力したところで、才能、環境、タイミングなどに恵まれた成功者とまったく同じになるわけではない。 そもそも、本当にマスコミに登場している成功者のような人生を、すべての人が歩む必要があるのだろうか。さらには、成功者たちは、本当に雑誌やテレビが報じているようなすばらしい人生、悩みなき生活を送っているのだろうか。そのあたりも考えてみる必要があるだろう。 人生には最高もなければ、どうしようもない最悪もなく、ただ”そこそこで、いろいろな人生”があるだけなのではないか。だとしたら、目指すモデルや生き方がどれくらい多様か、というのが、その社会が生きやすいかどうか、健全であるかどうかの目安になると言えるはずである。

2009年9月 5日 (土)

映画「8月のシンフォニー」、観てきました

劇場用長編アニメーション映画「8月のシンフォニー」公式サイト

今日、久々に、映画に行ってきました。(普段の生活では、ほとんどテレビも見ないし映画も行っていない(PC画面は毎日見ているけど))

川嶋あいさんのファンというわけでもなく(正直、最初は、「誰その人?」、てな感じでした)、
原作となっている彼女の著書『最後の言葉』(彼女自身の生い立ちを綴ったもの)も読んでいなかったのですが、
ペンギンオヤジさんのブログ「ペンギンオヤジのB読書!」を読んで、行ってみる気になりました。

よかったです。。。

映画の感想は、どうかけばいいのか、...
今回は省略。(ペンギンオヤジさんの記事におまかせします。)
涙腺は、緩い方ではないのですが、泣かせますね。涙が頬をつたってました。(久々にそれも気持ち良かった。)

追伸:
映画では後半、クライマックス、渋谷音楽ホールでのコンサートの模様が流れるのですが、その元になった(モデルになった)、渋谷公会堂のコンサートのDVDが映画館で売っていたので思わず買ってしまいました。映画とダブらせながら見ました。これも、よかったです。

2003.8.20 渋谷公会堂 ~旅立ちの朝~ [DVD]
Tsubasa Records (2007-04-11)
売り上げランキング: 24920

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Chabo!

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    Chabo!(チャボ)- 本で、もっと、世界にいいこと。