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書籍・雑誌

2009年11月29日 (日)

『大切なことに気づく24の物語―読むだけで人生がうまくいく「心のサプリ」』、中山和義著、フォレスト出版

目次

1 自分を成長させてくれる物語
2 夢や仕事に情熱を与えてくれる物語
3 人生と人間関係を変えてくれる物語
4 家族、友人の大切さを教えてくれる物語

 著者、中山さんの会社で作っている、お客様向けの会報「オーナー日記」に載せた、心が元気になるような「いい話」の中から、厳選の24の物語((中山さんいわく、「大切なことを忘れそうになったときあなたを助けれくれる物語」)を収録したのが、この本、ということです。それぞれの、小さな物語には、心理カウンセラーでもある中山さんのコメントも書かれていて、このコメントにもいい言葉がたくさんあります。

「誰でも成功は約束されていない。でも、成長は、約束されている」 誰の言葉か忘れてしまいましたが、私の好きな言葉です。

前向きな言葉と使っている人と一緒にいると、どこか楽しい気分になります。この人と一緒にいたいと思います。反対にマイナスの言葉を使う人からは離れたくなります。

この映画(『男たちの大和』)を見て、鹿児島の知覧にある知覧特攻平和会館を思い出しました。知覧には、当時の特攻隊の人たちの生活の様子や遺書が展示されています。 遺書を見ると涙がにじんだ後や筆の震えが感じられて、涙が止まらなくなります。

自分の人生の目標が明確になると、力を発揮できるだけでなく、自分の夢の周りの人を巻き込んでいけるようになります。 どうすれば、自分の人生の目標が明確になるのでしょうか? この先生のようなショックを受けなければなかなか人生の目標は見つからないのですが、自分のお葬式の画面を想像することによって目標を確認することができます。

成功する人の共通点は、夢を夢だと思わないことだと思います。必ず達成できるという気持ちがあるから達成できるのだと思います。... 人生の目標を達成しようとしたとき、たった一つある限界は自分が決めた限界だと思います。

本当に大切なことがないかを定期的に考える習慣が必要だと思います。 何も考えないと、どうでもよいことに大切な時間を使ってしまいます。... 人生は無限ではありません。本当に大切なことをしっかり考え、優先順位を決めてから行動することが大切だと思います。

他人を変えることはできません。周りを変えるには、自分が変わる必要があります。

話を聞いてくれない人に心を開く人はいません。心を開いてもらうには人の話を真剣に聞くことが必要です。

人は期待をかけてくれる人のために、がんばりたいと思って動いてくれるのです。

人を動かすには人との議論をできるだけ避けることです。どんな正論を言っても、人が本当に納得できるはずはないのです。納得させることができないのが分かっているのですから、最初から議論をしなければいいのです。

正解はだれにも分かりません。でも、自分の意見に文句を言う人よりも、意見を応援してくれた人のために動きたくなるのは確かだと思います。

世の中当たり前のことは何もありません。どんなことにも幸せを感じることが大切だと思います。

ひとつひとつの物語もいいのですが、それぞれに書かれている中山さんのコメントがまたいい。心洗われる感じというのでしょうか。

物語の中で、24番目の物語のあとの、最後の物語の一節も、心に残りました。引用しておきます。

人生で当たり前のことなんて、何一つない。 たとえば仕事に行けること、子供が無事に学校から帰ってくること。 すべてが人生の一大事。
 当たり前なんて考えてしまったら、もったいなすぎて罰があたる。毎日、毎日が神様からの贈り物。奇跡の繰り返しだ。
 無くしてから「そういえば、毎日贈り物が届いていたんだ」なんて気がつくなんてもったいない。
 自分がいったい毎日どれだけ贈り物を受け取っているのか、ちゃんとわかっていれば、それだけで感謝の気持ちがあふれてくる。
「当たり前」なんて、どこにもないのだから。

一度、手に取ってみてください。心に響くものがあると思います。

大切なことに気づく24の物語~読むだけで人生がうまくいく「心のサプリ」~
中山和義
フォレスト出版
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2009年11月21日 (土)

『意思決定力―「決断」を仕組み化する55のルール』、本田直之著、ダイヤモンド社

目次
1 なぜ今こそ「意思決定力」が必要なのか?
2 大前提となる「基本ルール」を理解しているか?
3 「情報のインプット力」を鍛える
4 インプットした情報から、「選択肢」を抽出する
5 「シミュレーション力」を鍛え、意思決定する
6 意思決定で失敗しない、「リカバリー力」を蓄える
7 毎日のトレーニングで「意思決定力」を鍛える

「自分の人生を、自分でコントロールしていますか?」という一文から、始まるこの本。

自分の胸に手を当てて考えてみると、「はい」とは言えない気がする...
ということは、この本は自分に役立つことが書いてあることになります。

本田さんは、プロローグのなかで、次のように書いています。

「ライフスタイルの基本ルールを司るものこそ意思決定力である」というのが、わたしの考えです。

...つまり、意思決定力なしには、わたしたちは何もできないし、いきていけないのです。

...自ら意思決定をしないとは、誰かに意思決定をしてもらっている」ということ。... 意思決定をしなければ、不本意だろうと目指す方向が違っていようと、今のままの生活に甘んじるしかなくなってしまうのです。 さらに意思決定力が弱いと、まわりが決めたことに振り回されてしまうので、時間の使い方がどうやってもうまくなりません。

...では、意思決定力を強くするには、どうしたらいいのでしょうか? 「トレーニングに尽きる」というのが、その答えです。

...「性格は変えられないが、考え方は変えられる」というのが私の持論。 毎日の中で意識的にきちんと意思決定する「練習」をし、意思決定に慣れ、力を蓄えることも十分可能だと思います。

本書では、意思決定力がなぜ必要か、から、意思決定力を鍛えるトレーニングのやり方について、7章55項目について書かれています。

最初の01項で、

意思決定をしないとは、もはや無意識に「チャンス」を見送っていること。それどころか将来に向けて自ら「リスク」を育てている行為といっても過言ではありません。

と書かれている。そうか、と納得!

07項「正解はない」という前提で答えをださなくてはいけない、では

準備と根拠を徹底する一方で、「あらゆる意思決定には正解はない」という前提できちんと答えを出すことにしましょう。

意思決定をするプロセスでは、順位と根拠にエネルギーを注ぐべきですが「こうやれば絶対にうまくいく」という100パーセントを求めてはいけません。 最良の結果に向かって最大限の努力はしても、うまくいかないこともあるという前提で意思決定をしましょう。最悪の事態とはどのようなものが想定されるかまで「準備」に含めておけば、あらゆる不安をふくらませて身動きが取れないという愚を犯さずにすみます。 意思決定とは、それを行動に移してこそ、意味をなすものなのです。

改めて、言われれば(言われなくても?)それはそうだと思いますが、いろいろな選択肢から1つを選んだとして、それがベストな解とはかぎらない。また、全体をみて、ベストな意思決定をしていたとしても、すべてについて満足が得られる結果になるわけでもない。ペーパー試験などと違って、人生で遭遇する問題はきれいな正解の回答が用意されていないものが多いものだと思います。それを再認識しておく必要があるということでしょう。

こんな感じで、55のポイントが書かれています。

意思決定について、今一度、考えを整理できた1冊です!

意思決定力
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本田 直之
ダイヤモンド社
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2009年10月17日 (土)

『成功するのに目標はいらない!―人生を劇的に変える「自分軸」の見つけ方』平本相武著、こう書房

目次
第1章 人生を充実させる「自分軸」
第2章 「自分軸」の2つの傾向あなたはどっち?
第3章 「価値観型」はどんな人?「ビジョン型」はどんな人?
第4章 世界でたった1つの「自分軸」の探し方
第5章 「自分軸」に沿って生きるには?
第6章 成功へのカギはもうあなたが握っている

まず、本のタイトルに惹かれました。

自分の夢を実現するためには、まず、長期の目標を立てて、それから短期の目標をたてて、その目標を1つずつ達成しながら、人生を歩むのがよい(、そうしなければいけない)、という意識がどうしてもあったのです。ところが、必ずしもそうではない、目標を立てなくても人生の成功をおさめることはできるのだというタイトル『成功するのに目標はいらない』。

目標を立てるのが苦手、目標管理とかできれば避けたい、と思う、自分にとっては、何かうまい生き方のヒントがつかめるのではとこの本を手に取りました。

もし、何の制約もなかったら、明日から1週間、(世界の)
Q1 どこに行きたい?
Q2 どうしてそこに行きたい?

これが、本書の最初の質問。そしてこの究極の旅行の答えと同様に、人生のことを考えないといけないのに、

私たちの多くは、

「どんな人生を送りたい?」…「行先」
「どうしてそんな人生を送りたい?」…「理由」

という「行先」や「理由」がわからないまま、人生という旅を続けています。

そうなんだよなぁ、と頷きながら読んでしまいました。そして次のように続きます。

「どこに?」という「行先」、「どうして?」という「理由」。旅行にはこれらの目的があり、それを満たすために、どんな乗り物が1番ふさわしいか、具体的な行動を起こします。実は人生でも同じです。

「行先」は「ビジョン」。つまり「ほんとうはどうありたい?」
「理由」は「価値観」。つまり「自分にとって何が大事?」

そして、

「目標を立てること」は、旅行でいうなら「行先」や「理由」を満たすための「乗り物を決めること」にすぎないのです。仕事や人生でいうと「ありたい姿」や「自分らしさ」を満たすための方法の一部です。 旅行にたとえれば、飛行機か、船か、電車か、自動車か、自転車か、「これに乗ろう」と決めた乗り物が「目標」。だから、これらの乗り物は、「どこに行って(ありたい姿)」「どう過ごしたい(自分らしさ)」が先にはっきりしないと決まらない。

と言っています。この

「自分らしさ」や「ありたい姿」が私たちの行動を起こさせる「素」、つまり「やる気の素」になるのです。しかも、生活のなかで判断や行動の指針にもなります。 本書では、この「やる気の素」となる「自分らしさ」や「ありたい姿」をあわせて、「自分軸と呼びます。

平本さんが提唱している「自分軸」。これはとは「やる気の素」となるもののことだそうです。この「自分軸」があれば、成功や充実した人生を手に入れることができるとのこと。

第2章では、「自分軸」には2つの傾向があることが書かれています。

自分軸には「行き先を重視する」「理由を重視する」の2つの傾向があり、もちろん誰でもこの両方を持っています。でも多くの人の場合、「○○にいきたいと思った方がやる気が出る」、あるいは「□□するためにと思った方がやる気が出る」のように、やる気が出やすい傾向があるようです。 本書では、前者を「ビジョン型」、後者を「価値観型」と呼びます。

「ビジョン型」は、未来に実現したい自分の「ありたい姿」を思い浮かべ、あの姿にたどりつきたい」と思うことでモチベーションが上がる人。「夢」とか「目標」というとワクワクする人です。

「価値観型」は、今までの経験の中で育まれてきた「自分らしさ」に基づき、「自分にとって大事なことで一日一日を満たしたい」と思うことでモチベーションが上がる人。

今までは、価値観型というのはあまり気づかず、ビジョン型であらねばならない、そうでないと人生での成功はない、と狭い視野になっていたのですが、価値観型という傾向が強い人は、自分らしさを重視して、成功していけるという平本さんの考え方です。すなわち、

「目標が大事。目標を持って努力することで夢が実現する」というのはよく言われることですし、異論はありません。 しかし、目指すべき目標がないと成功できないのか。成果を上げることができないのか。そんなことはありません。

と言っています。自分は価値観型の傾向が強いのかもしれません。

目標を立てなくても成功できる。そのためには、「自分軸」を見つけねばなりません。自分軸については、

自分軸は、「頭」で考えるものではなく、「身体・感情」に刻みつけられたもの。それを引き出さないと自分軸とは言えません。 理屈で、「家族が大事」「貢献が大事」って言ったり、一般論や抽象的な話をしてもダメ。内面からあふれでてくるような個別的で具体的なものでないと自分軸にはなりません。

と書いています。自分軸の見つけ方については、第4章の1章全部を使って書かれています。それなりに、納得できる内容です。が、この章を読むだけでは、自分は、「自分軸」を見つけられない。そこが残念! やはり、一度、平本さんのセミナーを受けてみたい気がします...

自分軸、ビジョン型、価値観型、という新しい概念で新鮮な気持ちにされました。

2009年9月26日 (土)

『鏡の法則 ― 人生のどんな問題も解決する魔法のル-ル』野口嘉則 著、 総合法令出版

この本、薄い本ですが、帯を見るとベストセラーのようですね。
私も、かなり前に、買っていたのですが、積読の山にあり、今日、ようやく、読めました。

この本の内容は、実話ですが、登場人物の氏名・職業などは多少変えてストーリーとしたものとのことです。

主人公は、41歳主婦の秋山栄子さん。栄子さんには、悩みがあったのですが、それが思わぬ展開で、解決していくというお話です。

このお話を通じて、著者が言いたかったことは3つあるのだと思います。1つ目はタイトルにもなっている次のことです。、

現実に起きる出来事は、1つの『結果』です。『結果』には必ず『原因』があり、その原因は、あなたの心の中にあるのです。つまり、あなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡だと思ってもらうといいと思います。(p17)

「私たちの現実は、私たちの心の中を映し出す鏡である」という法則でした。これが「鏡の法則」です。(p68)

「人生は、自分の心を映し出す鏡である」ということは、言い換えると、「自分の心の波長にピッタリな出来事が起きる」ということです。「心の中の原因が、結果として現実化する」とも言えます。(p68)

私たちは鏡を見れば、自分の姿を知ることができますね。同様に、人生に起きていることを見れば、自分の心の中を知ることができるわけです。(p69)

人生の問題を根本的に解決するには、自分の心の中の原因を解消する必要があります。自分の心の中を変えることをしないで、ただ、相手や状況が変わってくれることばかり期待しても、なかなか思いどおりにはならないのです。(p70)

そして、2つめが『必然の法則」の次のところです。

『必然の法則』というのがありましてね、それを学ぶと次のようなことがわかるんです。じつは、人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こるんです。つまり、偶然起こるのではなくて、起こるべくして必然的に起こるんです。ということは、自分に解決できない問題は決して起こらないのです。起きる問題は、すべて自分が解決できるから起きるのであり、前向きで愛のある取り組みさえすれば、後で必ず『あの問題が起きてよかった。そのおかげで……』と言えるような恩恵をもたらすのです。(p40)

そして、3つ目が、「ゆるすこと」で次のところです。

私たちは、「ゆるす」か「ゆるさないか」の選択をすることができます。 私たちは誰かとの関係の中で過去の自分が嫌な思いをした場合、その人に対して、「ゆるさない」という選択をすることもできます。 この場合、自分が過去の出来事に縛られることを許可したことになります。 過去の出来事を理由に、安らぎに満ちた人生を放棄したことになるのです。

一方、私たちは、「ゆるす」という選択をすることもできます。ゆるすことで、私たちの体も心もゆるんで、リラックスできます。 そして、過去の呪縛から解放され、やすらぎと精神的な自由を手に入れることができるのです。

「ゆるす」というのは、相手の行為をよしとすることでもなければ、大目に見ることでもありません。また、「相手が悪い」と思いながら、我慢することでもありません。 「ゆるす」とは、過去の出来事へのとらわれを手ばなし、相手を責めることをやめ、今この瞬間のやすらぎを選択することです。 あなたは今、誰かを心の中で責めていますか? そして、あなた自身の幸せな人生のために、その人をゆるそうと思いますか? ゆるすのは、他の誰でもない、あなた自身のためです。(p74)

短いストーリーですが、考えさせられる1冊でした。

鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール
野口 嘉則
総合法令出版
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2009年9月21日 (月)

『ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。』マイク・マクナス著、ヒユーイ陽子訳、ヴォイス

目次
第1部 あなたのワクワクに宿る奇跡の力
第2部 誰もが信じているウソ
第3部 ソースを実行するための、六つの方法論
第4部 人生の方向性と仕事とお金
第5部 ワクワク人生を生み出す四つの条件
第6部 ソースの車輪

まず最初に、このように書かれています。

「ワクワクという名の機関車」は、あなたの人生をパワフルにドライブさせ、魂が真に喜ぶ、人生の本質へと至らせる

サブタイトルの

あなたの人生の源はワクワクすることにある。

とともに、この本の内容を端的にあらわしている文です。

そして、キーワードとなる「ソース」については、次のように書かれています。

この内なる炎を点火する秘密を解き明かしたいと、私はこれまでの35年間をついやしてきました。この秘密を私は、「源」という意味で「ソース」(Source)と呼んでいます。「ワクワクの原泉」であり「生きる意欲の源」、「奇跡の泉」だからです。本来の自分に戻って、子供の頃に感じたような生への意欲を取り戻し、人生の真の目的を見出すための方法論です。ソースとはその人の心の扉を開くカギです。

ソースはその人の本質へと導いてくれます。秘密を解くかぎとなる一連の質問に答えることを通して、人は心の奥深くに潜む欲求に気づき、そうした欲求をすべて満たす方向へ人生を変えていきます。人生のあらゆる面において自分のワクワクの源泉を見つけることは、1回きりの作業で終わるわけではありません。この作業をつづけていけば、人は可能な限り最高の生き方をすることができます。

本編の中で、何回もでてくる「ソース」。ちょっと実態をつかみにくい感じもありますが、「はじめに」の中では、「ソース」を上記のように定義しています。

また、「ワクワク」については次のように書かれています。

私たちは世間の目を気にし、直感を無視し、独創的な発想を抑え、のびのびとしたおおらかな行動や本当に自分らしい生き方をしてきませんでした。この代償はとても大きく、本人だけではなく社会も損失をこうむっています。私たちは自分の心をを満たしてくれない生き方を選んだ結果、人生に不満を感じ、いらだっています。 そうした生き方を変えるには、自分のワクワクを追求すればよいのです。 ここでいうワクワクとは、自分の中に自然にわき起こる好奇心のことで、「その人らしさ」を形成するものです。通常は、理性や言い訳の陰に隠れて無視されている部分です。こうした好奇心や内なる衝動を誰もが心の中に持っています。なぜならすべての人生に意味と目的があり、人は誰でも意義のある人生を送りたいと願っているからです。

本当の自分を見つけたいなら、自分のワクワク、子供のような好奇心を追いかけていけばよいのです。こうして生まれながらの興味や好奇心を軸にして生き方を設計していくと自分のソースにたどり着きます。つまり仕事をはじめとするあらゆる情報や人間関係が生まれる以前の、奇跡の泉にたどり着くわけです。ソースを奇跡の泉と呼ぶ理由は、理性や左脳の論理では説明できないような結果がそこから生まれるからです。ワクワクを追求すれば、あなたの心は必ず満たされます。

また、この本について、次のように書かれいます。

本書は、新しい考え方を使って自分の人生を変えたいと望む人や、自分の心を突き動かすものを発見したいと願う人のために書かれた本です。

「人生」について、「生き方」について、今、ちょっと迷いのある自分には、こんなタイミングでこの本を手にするというのは、ちょっとシンクロニシティかなとも思えます。

本書の第二部では、多くの人が信じている社会通念をひとつずつ見直し、誤りを指摘していますが、そのなかで心に残るのは次のところです。

「人が取るべき責任ある行動はただひとつ。自分が心からしたいことをすることである。それが人生で最も責任ある行動であり、その人が負う最高の責任である」

もっとも責任のある生き方は、自分が大好きなことを見つけ、それだけを追求することです。 なぜなら自分の心を燃え立たせる行為は、心の奥深くにある魂の望みだからです。生まれながらのワクワクをはぐくみ育てるのが、大切であり、責任の最高の形です。自分が夢中になれることをしていると、奇跡的な力が呼びさまされてきます。この奇跡の力を生かすことがもっとも責任のある生き方なのです。 私たちのワクワクは生まれつきのもので、それには存在意義があります。 自分のワクワクに気づき、それを十分に生活の中で生かしきり、最終的にはそれを使って社会や人類に貢献すること。それがこの世に生を受けた、あなたの存在意義なのです。

それから、

幸せな人たちに幸せの秘訣を聞くと、好きなことをしているだけですよ、と答えます。ただ、それだけのことです。何もむずかしいことはありません。 したがって、適正のあるなしはまったく関係ありません。大切なことはただひとつ。自分をワクワクさせることや夢中にさせてくれるもの、幸せな気持ちにさせてくれるものをいちずに追い求め、実行することです。そうすれば、その他のことは自然にうまくいくのです。

また、

「私たちにとって最善の行為は、決断をぐずぐず先に延ばすことだ」

という言葉にも、ハッとさせられました。今までは、何事も早く決断しないといけないという、ある種のとらわれがありましたが、それに対して次のように書かれています。こういう考え方もあるのか、と目から鱗です。

決心をぐずぐず先に延ばすのは、ものごと進行過程においてすこぶる自然で必要なことです。悪いことではありません。私たちがぐずぐずと決断を先に延ばしているとき、実際は、潜在意識が情報を収集して、次に起こる事態に備えて準備をしているのです。ぐずぐずしているように見えるとき、人はその実、無意識化で情報を処理しているのです。人生という方程式の一歩先を解こうとしているわけです。そのとき人は、情報を集め、消化し、物事が明確になるまで時間をかせいでいます。ぐずぐずするのは、「時期が来ていないから待て」または「まだ行動の時ではない」というメッセージが潜在意識から送られてきたからです。

するべきことをしないでいると、怠けてヤル気がないように傍目には見えるでしょう。けれども本当の理由は、行動するために必要な情報や準備が整っていないからなのです。明確に状況を把握していないと、後で必ず問題が起こります。性急な行動やその場かぎりの行為は後で必ずめんどうを起こします。事態の本質を正確にとらえていないからです。状況をはっきりつかんでいなければ、固い決意は生まれないし、賢明な決断もできないはずです。

もうひとつ、目から鱗の考え方は、優先順位はつけるな、ということです。

優先順位はどこか無理があって、不自然です。経営学や一般の成功哲学ではものごとに優先順位をつけるように教えますが、人間の基本的なニーズである自己実現という面ではマイナスの効果しかありません。 優先順位の必要性を説く人たちにとっては、自分にとって一番大事なこおとから順番に優先順位をつけ、リストの一番上から実践するようにと教えます。自分のニーズ、プロジェクト、欲望やワクワクに順番をつけろ、というわけです。 しかし、このやり方をすると、リストの最後まで実行する時間はまずありません。ところがたいていの場合、リストの最後にあるのが一番楽しいことであり、心を満たしてくれることなのです。この点に問題があります。

ひとつのことをいつも優先させていると、かならず人生のバランスがくずれてきます。ものごとに優先順位をつける考え方は、人間がさまざまな要素からなる複合的な存在であることを忘れて、あたかも生産工場の機械の部品のようにとらえています。 いつも優先順位にしたがって生きていると、心の喜びが分からない人間になり、人生の重要な決断をする際に多面的に考える能力を失います。そのような状態ではその人にとってベストの選択は生まれないでしょう。

長くなってしまいましたが、もう1つ、今までの自分の常識とはちがう新しい考え方、「目標を立てるな(15章)」に目が惹かれました。目標を立てる代わりに、進む方向だけ決めるとよい、ということです。

目標を立てないでいると、自由に気の向くままに創造的な行為に走ることができます。目標を立てる代わりに、目指す方向だけを決めておく方が、長期的には多くを成し遂げられるのです。方向には上限も下限もなく、目標を達成できなかった敗北感を味わうこともなければ、プレッシャーもありません。

目標を立てると私たちは精神的な圧力を感じ、目標に向かって努力していないと罪悪感を感じます。さらに目標にはたいてい期限がありますが、おしつけの、一方的な期日の場合が多く、必ずしも実際の状況を反映しません。目標を立てることやそこから生まれるプレッシャーの弊害は、自然の感情や行為を抑えつけて、その人から精神の輝きを奪うことです。 目標を立てずに進む方向だけを決めると、予期しなかった素晴らしい体験に巡り合うチャンスが生まれます。「大らかさ」や「創造力」は人生に大きな喜びをもたらす源泉ですが、目標を設定すると、この2つが失われます。 けれども、目標を定める代わりに方向だけを決めると、その方向に向かって踏み出す一歩一歩が勝利への道程になります。勝敗を決める必要もなく、点数を記録する必要もありません。そこには勝利者しかいません。そしてその勝利者はあなたです。それに反して、目標を定めていると、目標点に到達しないかぎり、たとえなんらかの成果はあっても敗北感につきまとわれます。

ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。
マイク マクマナス
ヴォイス
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2009年9月13日 (日)

『しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』、香山リカ著、幻冬舎

目次
序章 ほしいのは「ふつうの幸せ」
第1章 恋愛にすべてを捧げない
第2章 自慢・自己PRをしない
第3章 すぐに白黒つけない
第4章 老・病・死で落ち込まない
第5章 すぐに水に流さない
第6章 仕事に夢をもとめない
第7章 子どもにしがみつかない
第8章 お金にしがみつかない
第9章 生まれた意味を問わない
第10章 “勝間和代”を目指さない

そんな多くを望んでいるわけではない、「普通の幸福」「普通の生活」さえ得られればいい、そう考える人は多い。が、そんな”ふつうの幸せ”の実感がなかなか得られない。そんなことについて書かれた本です。

サブタイトルにあるように、10個のルールについてそれぞれ1章ずつ、合計10章。

自分が勇気づけられた、そう考えてもいいのか、と思ったところの1つめは、第6章の「仕事に夢を求めない」の章。ちょっと引用してみます。

...ただ、「好きなことを仕事にしていない」「仕事で夢を追いかけていない」という人も、自己嫌悪に陥ったりその仕事をやめたりする必要はないのだ。「私は何のために働いているのか」と深く意味をつきつめないほうがよい。どうしても意味がほしければ、「生きるため、パンのために働いている」というのでも、十分なのではないだろうか。 人は、パンのために生きるにあらず。しかし、パンなしでは、愛の実践も夢の実現も不可能なのもまた事実だ。パンのためだけにどうしても嫌いな仕事につくことを強いられたり、雇用者に搾取され続けたりするのは問題だが、深い意味がなくても仕事をし続けるのは、それじたいではけっこう意味があることなのではないか、と思うのである。

この箇所は、最近、自分の仕事の関係について、必ずしもうまくいっていない自分にとってはなんか救われる感じがしたところです。

2つめは、第9章「生まれた意味を問わない」の章。

...私たちが「このために生まれた」と確信することは、まず無理と考えたほうがよいのだろう。それにもかかわらず、「何のために生まれたのか」と生まれた目的や生きる価値を追求し始めてしまうと、中村うさぎ氏が言うように「これでもない、あれでもなかった」とゴールの見えない無限のゲームのような状況に陥り、心身をすり減らしてしまうことになる。 追及すると厄介なことになる。かといって、追及しないでいるのもむずかしい。それが「生まれた目的、生きる意味」というもののようだ。

...こうやってみてくると、どう考えても「なぜ生まれたか」などという問いにはあまり深く立ち入らない方が身のためだ、ということになりそうだ。もちろん、だからといって、人生には生きる価値もないということにはならない。しかし、生まれた意味にこだわりすぎると、逆に、人生の空しさを強く感じさせられることにもなりかねない。 とりあえず自分に与えられている仕事、役割、人間関係に力を注ぎ、何かがうまくいったら喜んだり得意に思ったりすればよいし、そうでないときには悲しんだり傷ついたり、また気持ちを取り直して歩き出したりする。そんな一喜一憂を積み重ねながら、どこから来たのか、どこにむかっているのかもわからないまま、人生の道を歩いていくその足取りの中で、しみじみとした味わいや満足感が得られるのではないか、と私は考える。 とはいえ、この先も人間が「私は何のために生まれたのか」という問いから完全に解放されることはなく、私たちは人生の中で何回も何十回も何百回も、この問いに直面せざるをえないだろう。そこで無理に、「いやいや、考えまい」と考えを追い払う必要もない。そのときは、真剣にこの問いと向かい合い、ああでもない、こうでもない、と悩めばよいのだ。ただ、「本当の答えが出ることはない。逆に、これだ、という答えが出た時は危険なのだ」ということは、頭の片隅にとどめながら悩むべきだ、ということはつけ加えておきたい。

この人生は何のための人生か、この人生で何をすべきか、自分の人生でのミッションは何か、といったことを考えて、頭のなかでくるぐる回ってしまうことがあります。それに対して、香山さんは上記のように書いています。自分の人生でのミッションを明確にしなければならない、とちょっとあせりもあった自分に、”ねばならない”ということはないんだ、という意見をくれているのだと思い、これもちょっとホッとしたところでもあります。

そして、3つめは、第10章「“勝間和代”を目指さない」の章。

章のタイトルが(私たち)読者を刺激して、素敵です(笑)。勝間さんの本は発売されるたびに買い求め、講演会があると聞けば、足を運んでいる、そんな自分に向けられた章に思えてしょうがありません。そう、カツマーと呼ばれる人たちは、勝間さんの本なり講演なり教材なりから、勝間さんの成功体験を疑似体験し、それを自分の体験=成功に結び付けたい人たちになるのでしょう。この章は、そんなカツマーに対してのメッセージでしょうか。

...私は、「がんばれば夢はかなう」とか「向上心さえあればすべては変わる」といったいわゆる”前向きなメッセージ”を聞くたびに、診察室で出会った人たちの顔を思い出して、こう反論したくなる。「あの人はずっとがんばっていたのに、結局、病気になって長期入院することになり夢は潰えたじゃないか」「両親とも自殺して、育ててくれた祖父が認知症になっている彼女が、どうやって向上心を出せばよいのか」 努力したくても、そもそもそうできない状況の人がいる。あるいは、努力をしても、すべての人が思った通りの結果にたどり着くわけではない。これはとても素朴でシンプルな事実であるはずなのだが、まわりを見わたしてみると特に最近、そのことを気にかける人がどんどん減っているように思える。

がんばれる環境にある人が、自分の意志が弱くてがんばれないときにの言い訳になってはいけないと思うが、香山さんの主張も一理あると思います。また、勝間さんの『断る力』に対しては、

しかし、世の中には、殺到する依頼を勇気を出して断ろうにも、そもそも依頼じたいが来ない、という人のほうが多いのではないだろうか。

と返しています。最後に、この10章のまとめとそしてこの本のまとめとして次の文章で締めくくられています。

もちろん、そいういう”時の成功者”に「もしかしたら私も」と夢を見て、そのあこがれを日々のがんばりのモチベーションにすることじたいは、悪いことではない。とはいえ、いくら前向きな気持ちで努力したところで、才能、環境、タイミングなどに恵まれた成功者とまったく同じになるわけではない。 そもそも、本当にマスコミに登場している成功者のような人生を、すべての人が歩む必要があるのだろうか。さらには、成功者たちは、本当に雑誌やテレビが報じているようなすばらしい人生、悩みなき生活を送っているのだろうか。そのあたりも考えてみる必要があるだろう。 人生には最高もなければ、どうしようもない最悪もなく、ただ”そこそこで、いろいろな人生”があるだけなのではないか。だとしたら、目指すモデルや生き方がどれくらい多様か、というのが、その社会が生きやすいかどうか、健全であるかどうかの目安になると言えるはずである。

2009年8月16日 (日)

『死ぬときに後悔すること25―1000人の死を見届けた終末期医療の専門家が書いた』大津秀一著、致知出版社

目次
第1章 健康・医療編―死ぬときに後悔すること1
第2章 心理編―死ぬときに後悔すること2
第3章 社会・生活編―死ぬときに後悔すること3
第4章 人間編―死ぬときに後悔すること4
第5章 宗教・哲学編―死ぬときに後悔すること5
第6章 最終編―死ぬときに後悔すること6

お勧めということだったので、私も、読んでみました。
著者の肩書は、緩和医療医、とある。緩和ケアという、主にがんの末期の患者さんの心身の苦痛を取り除く仕事をしている医師のことらしい。患者の最期に立ち会うことが多い職業に就いている著者が遭遇してきた、「後悔」うち代表的な25について、とりあげてある。

はじめに、からちょっと抜粋、

 人間は後悔とは不可分の生き物である。 現実問題、私が見届けてきた患者さんたちは、大なり小なり何らかの「やり残したこと」を抱えていた。だからみな、程度の差こそあれ、後悔はしていた。 けれども、その後悔の程度には大きな違いがあった。単純な話だが、明日死ぬかもしれないと思って生きてきた人間は、後悔が少ない。明日死ぬかもしれないと思う人間は、限られた生の時間を精一杯生きようとする人間であり、一日一日に最善を尽くそうとする人間である。一期一会を思う人間である。
 また、何百例もの症例が集積すると、ひょっとすると皆が抱えている後悔、人生でとき残す問題は、実はそれほど多様性がないのではないかとうことがわかってきた。要するに、人が後悔する内容は人類皆兄弟、だいたい決まっているのである。 だったら、終末期に皆が必ず後悔すること、それを前もって紹介し、元気なうちからやっておけばよいのではないか、そのような思いから生まれたのがこの本である。やり残したことを作らないために、健康なうちからやるべきことをすべてやってしまおう!そういう試みである。

自分は、こんな後悔はしないだろう、と思うものもあるが、考えさせられるものも多かった。

こんな後悔はしないだろう、というものは、「たばこをやめなかったこと」という後悔。現在、自分はたばこを吸わないし、今後も吸うつもりはないから、もし病気で死期が迫ったとしても、「たばこをやめておけばよかった(そうすれば、こんな病気にはならなかっただろうに)」という後悔はしないだろう、ということ。

一方、考えさせられるものというのは、いろいろな意味があるが、まずは、今からでも間に合うと思うが、すぐには難しいかなと思うもの。

「自分のやりたいことをやらなかったこと」、「夢をかなえられなかったこと」、「自分の葬儀を考えなかったこと」、「自分の生きた証を残さなかったこと」

などがそれにあたる。今すぐ、死期がきたとして、自分はやりたいことをやってきたとはいえないのではないか、夢をかなえたとはいえないのではないか、と思うから。でも、翻って、じゃあ、「自分のやりたいこと」って何なのか、「夢」とは何なのかと尋ねられた時に、今の自分では、返答に窮してしまう(これは、今の自分にとってちょっと課題です。)

それから、

「健康を大切にしなかったこと」

の項ではちょっと考えさせられました。普段から、特別、身体に悪いことをやっているつもりはないし、毎年健康診断も受けている(なので、まあ、それなりに安心)と思っていたが、通常の健康診断程度の検査では、がんの早期発見には無力であるとのこと。

 なので、私としては年に1かいの「ちゃんとした人間ドッグ」の受診をお勧めしたい。 通り一偏の健康診断に近い人間ドッグでは意味がない。やはり主要臓器をカバーしていることとPETという身体の広い範囲をスクリーニングできる検査を含んでいることなどが望ましいと考えられる...
 あくまで個人的意見として受け取っていただきたいが、私としては40代を超えたら年に一回くらいPETをしてみるのもよいのではないかと思う。しかしこれがはいっていると料金が最低でも十万円前後に跳ね上がるから、なかなか夫婦そろって毎年やるのは大変かもしれない。

早期発見こそが最良のがん対策法なのだそうだ。

はっきり言って、最初にお金を使うのかそうでないかだけの違いである。私からすれば、どうせお金を使うのだったら、治らない治療に大金をかけるよりも、早期発見に大金をかけた方が良いのではないかと思うのだ。しかも、根治するというおまけまでついてくるのだから。

あとは、

「おいしいものを食べておかなかったこと」、「行きたい場所に旅行しなかったこと」、「会いたい人に会っておかなかったこと」、「他人にやさしくしなかったこと」

などの後悔は、これからの心がけ・努力次第で後悔を小さくする(うまくいけば無くする)ことができそうなものです。

最後の、第6章は、

「愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと」

の章ですが、ここで取り上げられている話はちょっと、ぐっときます(感動します)。読んでいない方、全編読んで欲しいですが、最後に山場があります、とだけ書いておきます。

2009年7月13日 (月)

『心のなかの幸福のバケツ―仕事と人生がうまくいくポジティブ心理学』、トム・ラス、ドナルド・O・クリフトン著、高遠裕子訳、日本経済新聞社

第1章 人の命さえ奪うネガティブな感情
第2章 ポジティブなら仕事がはかどる
第3章 心のバケツに水が注がれる瞬間
第4章 水があふれでるバケツ―トムの物語
第5章 ひとりひとりに合ったやり方で
第6章 バケツに水を注ぐための五カ条

バケツとひしゃくの理論を軸にして、ポジティブな意識を高めることの重要性について書かれています。バケツとひしゃくの理論というのは、次のものです。

 人は誰でも心にバケツをもっている。他人に何かを言われたり、されたりするたびに、このバケツの水は増えたり減ったりする。バケツの水がいっぱいのときは、気分がいい。バケツが空になったとき、気分は最悪だ。
 バケツのほかに、ひしゃくももっている。ひしゃくを使って誰かのバケツに水を注げば――相手が明るくなるようなことを言ったりしたりすれば、自分のバケツにも水がたまる。逆に、ひしゃくで相手のバケツの水をくみ出せば――相手を傷つけるようなことを言ったりしたりすれば、自分のバケツの水も減る。
 なみなみと注がれたカップとおなじように、心のバケツに水がいっぱい入っているとき、人は前向きで意欲にあふれている。バケツに水が一滴、注がれるたびに、人は強くなり楽観的になる。逆にバケツが空のときは、後ろ向きで元気がなく、意欲も低下している。バケツの水をくみ出されるたびに、人は傷つく。
 人はみな、日々あらゆる場面で選択を迫られる。自分とかかわる人の心のバケツに水を注ぐのか、それとも水をくみ出すのか。これは重要な選択だ。まわりの人との関係や生産性、健康、そして幸福に大きな影響を与える選択なのだ

ユニークな たとえの、理論?だと思います。このバケツの不思議なところというか、ポイントは、「誰かのバケツに水を注げば、自分のバケツのにも水がたまる(逆もまた真)」ところ。

ポジティブとネガティブ。ポジティブな感情が大切なことは次のようにも書かれています。

...ポジティブな言動とネガティブな言動には、5対1という「魔法の比率」があるという。夫婦の間で、ネガティブな言動1回に対して、ポジティブな言動が5回あれば、結婚生活は長続きする可能性が高い。この比率が1対1に近づくと夫婦は離婚に至るという。

ハッピーになるためには、ポジティブに。ポジティブになるには、バケツの水をくみ出すのをやめる、そして、バケツの水を注ぐことが大切、といったところでしょうか。

<最後に>
この本を買うと、無料で「ストレングス・ファインダー」(インターネット上での質問に答えていくと、その人に合ったガイドがもらえ、上位5つの強みが分かるもの)のテストを受けることができるそうです。性格診断かそれの類のものといっていいのでしょうか、自分を知るひとつの材料になるようです。全部の質問に答えるのにどれだけの時間がかかるのか、ちょっとわかりませんが、後日、受けてみたいです。

心のなかの幸福のバケツ
日本経済新聞社
高遠 裕子(翻訳)
発売日:2005-05-25
おすすめ度:4.0

2009年6月28日 (日)

『宇宙につながると夢はかなう―さらに強運になる33の方法』、浅見帆帆子、フォレスト出版

読んでいて、読み終わって、何かいいことが起きそうな気がする、いいことが起きると信じられるような前向き思考になれる、そんな本です。

「宇宙とつながる」方法が33項目書かれています。

「宇宙とつながる」とは、「運がよくなる」「強運になる」がもっと進化した状態のことです。

運については、まえがきで、次のように書かれています。

「運」は、その人の考え方や意識の持ち方で確実に変わり、生まれたときから決まっていて変えられないものではありません。持って生まれた「器」の大きさは人によって違いますが、与えられた器の中で最大限に運がよくなる考え方をすることで、誰でも同じような質と量の幸せを感じることができます。

運は先天的なものではなくて、後天的なもの、考え方をそのように変えれば、得られるもの、とのこと。そう言ってもらえると、救われますね。「自分次第でどんどん生活を変えていくことができる」と、未来に夢や希望がもてるようになることは、第一段階だそうです。

そのあとには、

本当に運をよくする考え方というのは、生きることへの不安や寂しさがなくなり、まわりへの憎しみや嫉妬、比較や争いなどとは無縁になり、今生きていることに深い幸せを感じることにつながる方法です。「至福」を感じながら、毎日を生きることができる状態です。中には、人間の力では計り知れない偉大ななにかや宇宙と、つながっているような感覚を持っている人もいます。 

と続きます。そして、

仕事の種類や大きさではなく、大きな流れで見てまわりの人を幸せにする何かをしている人は、宇宙に応援されるからうまくいくのです。宇宙に応援されると、まるでお膳立てをされているように物事がうまく運んだり、なにかとつながっているような満ち足りた感覚になります。

という状態になるそうです。

もう2つ、キーワードがあります。「シンクロニシティ」と「引き寄せ」です。次のように書かれています。

中心に「私」という波動があるかぎり、そのときの波動にぴったりのもの、そのときの私に必要な言葉を引き寄せていることになります。他に数え切れないほどのシンクロニシティー減少を経験し、「自分の意識が外側に引き寄せてくるものを決めている」ということを再認識しました。

読み終わって、すがすがしい、感じ、ゆったりとした、温かい感じ、になれる本でもあります。運をつけたい方、心穏やかになりたい方、ぜひ、ご一読を。

2009年5月15日 (金)

梅田望夫さんサイン会、行ってきました

5/13(水)八重洲ブックセンターで開催された

中央公論新社 「シリコンバレーから将棋を見る」 刊行記念
梅田望夫さんサイン会
に行ってきました

講演会とかではありませんが、梅田さんにお会いしたくて。特にお話はしませんでしたが、生で梅田さんを見れて、満足で帰ってきました! なので、どんな本のタイトルであっても出かけて行っていただろうとは思いますが…

刊行された本のタイトルは「シリコンバレーから将棋を見る」。

将棋。なんか、懐かしいです。最近は、あまりやりませんが、子供のころは一時、ずいぶん熱心にやっていましたね~。男性の方は、結構そういう方多いのでは?

まだ、本の方はまだ、「はじめに」くらいしか読んでいないのですが、ちょっと読んでみると、

将棋は、日本社会に、日本の心に本当に深く根付いた文化であり、小学校や中学校のとき、将棋の楽しさを経験して、将棋に魅了された人たちは数多い。しかし、子供が大人になっていくときに、大好きな将棋に無邪気に没頭していた少年少女たちも、十代の後半くらいから、社会に出ていく準備も含め、それぞれの人生を生きる忙しさの中で、将棋から遠ざかっていく。そういう人たちはものすごく多く、私もそんな一人だった。

と書いてあり、(梅田さんもそうかもしれないが)私も、その一人だ、としみじみ思った。それから次のように続きます。

私の場合、十代の後半から二十五年くらいの間、専門の勉強や仕事、自分自身の家庭の立ち上げ等に忙しく、挙げ句の果てには日本を離れてシリコンバレーに移住してしまったものだから、自然に将棋からは遠ざかった。
…(中略)…
そう、私は「(将棋を)指さない将棋ファン」になっていったのだ。 しかし、将棋の世界から遠ざかると(将棋を指さなくなると)、「将棋が好き」「将棋が趣味だ」ということがはばかられるものだ、とも感じるようになった。

なるほど、と思いました。たしかに、将棋を指さないと、将棋ファンという感じはしないです。私自身は、現在、将棋を”見る”、”鑑賞する”の方も積極的にはやっていないので、やはり、将棋ファンではないかなぁ。でも、”羽生善治さんが七冠”とか、”羽生さんが名人に”とかの新聞見出しとかは目に飛び込んでくるので、話が合わせられる程度は将棋のこと、わかります。(一方、囲碁の方はまったくわかりませんが)。もうすこし、「はじめに」を読み進めますと、

「指さない将棋ファン」「趣味は将棋鑑賞」でいいじゃない!
私も「趣味は将棋」ではなく「趣味は将棋鑑賞」を自称しているのである。

そして、はじめにの最後は、

将棋を「観て楽しむ」ための資格なんて、どこにもないのである。
誰でも、明日から「指さない将棋ファン」になれるのだ。
将棋は一度遠く離れたけれど将棋の世界が気になっている人、将棋は弱くてもなぜか将棋が好きで仕方ない人、将棋を指したこともないのに棋士の魅力に惹かれて将棋になぜか注目してしまう人…。
そんな人たちに向け、指さなくとも感じられる将棋の魅力、そして棋士という素晴らしい人たちの魅力を描くことで、「将棋を観てみよう」と思う気持ちを一人でも多くの人が持つことになれればいい…。それだけを願いながら、本書を書き始めることにする。

と書かれています。私も、しばらく、将棋からも、将棋の話題からも離れていましたが、せっかくサインを頂いた本、ちょっと、読んでみると、将棋熱が復活するかも、と思ったりもします。「指す将棋ファン」ではなく、「見て楽しむ将棋ファン」にはなれるかも!?


シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代

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    Chabo!(チャボ)- 本で、もっと、世界にいいこと。